武田邦彦先生が言ってる。
戦争のない社会では、50歳以上の男は生きている意味がない私は50歳以上の男性に「生きている意味はない」と言ってきました。
「あなたこそ、年齢差別をしているのでは?」
こう疑問に思う人もいるでしょうが、私の真意は違います。
50歳以上の男性は、「生物として生きている意味」がないということなのです。
それはどういうことか。
後に詳述しますが、女性で考えると、成長して結婚し、子供を産み、育てるというのはほぼ50歳までに終えます。
男性も同じで、昔は若い人には兵役や徴兵というものがありました。年を取って、体力が落ちて、弱いものを守るために戦えなくなり、肉体労働もできなくなってくるのが50歳くらいだったのです。
つまり、50歳で生物としての人間が終わると私は考えます。その後の人生は“別の理由”で生きる別の人生です。
私たちは、人生は1度だけだと思っています。しかし、それは誤解で、実は、人生は2度あるのです。
生まれてから50歳までの「第1の人生」と、50歳以降の「第2の人生」の2つの人生が1人の人間にはある。その境目が50歳なのです。
私は科学者ですから、「50歳」という年齢に、なにか断層のようなものを感じます。たとえば、糸魚川と静岡の中央構造線(フォッサマグナ)のような断層を感じるくらい、50歳で人生が一区切りされているのがわかります。
ここで強調しておきたいのは、平均寿命が50歳であっても、80歳でも、100歳でも、人生は50歳で大きく変わるということです。
男の生きる目的は、死ぬことである。
14歳でそれに気がつくらしい
尾崎は15歳でそれに気がついていた。
15の夜 尾崎豊
落書きの教科書と外ばかり見てる俺
超高層ビルの上の空 届かない夢を見てる
やりばのない気持の扉 破りたい 校舎の裏
煙草をふかして見つかれば逃げ場もない
しゃがんでかたまり 背を向けながら
心のひとつも解りあえない 大人達をにらむ
そして仲間達は今夜家出の計画をたてる
とにかくもう 学校や家には帰りたくない
自分の存在が何なのかさえ 解らず震えている
15の夜
盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ 覚えたての煙草をふかし
星空を見つめながら 自由を求め続けた
15の夜
冷たい風 冷えた躰
人恋しくて 夢見てるあの娘の家の横を
サヨナラつぶやき走り抜ける
闇の中 ぽつんと光る 自動販売機
100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ
恋の結末も解らないけど あの娘と俺は将来さえ
ずっと夢に見てる
大人達は心を捨てろ捨てろと言うが
俺はいやなのさ 退屈な授業が
俺達の全てならば なんてちっぽけで なんて意味のない
なんて無力な
15の夜
盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ 覚えたての煙草をふかし
星空を見つめながら 自由を求め続けた
15の夜
盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ 誰にも縛られたくないと
逃げ込んだこの夜に 自由になれた気がした
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15の夜